チューニングショップはユーザーの目標でなくちゃならない
走行会でのタイムや、パワーの指標であったり、デザインであったり
話を昭和の時代に戻すが
加古川の国道2号線沿いにタイヤギャラリールマンというショップがあった
あった、そうつまり先日無くなっていたんだが
ここに、いでサンという整備士店長が居たんだ
いでサンは、マツダの先輩の友人で
僕がまだ20歳の頃からの知り合いだった
当時、KPに乗っていられて僕の率いるRX-7の軍団?と
中山サーキットで走行会もやった、
クリスマスには姫路のホテル街にあったディスコを借り切って
クリスマスディスコパーティーなんてのもやったんもんだ
ブレイクダンスが得意でね、ロボットや、まさに風見慎吾もびっくり。。
え?知らない?風見慎吾。。。
ま、いいや。
当時ショップの店長という存在にあこがれて、アニキ肌を感じて
いや、いでサンはアニキと言うよりおにいちゃん的存在だったかナ
多くの若者が、列をなしてタイヤギャラリールマンに通ったものだ
当時のチューニングショップの鏡と言えば、@宮さん。
雑誌じゃ@ラスト@川さん、HKS関@の@@さん、柿@さん
有名どころと、話ができるだけで幸せな時代であったが雲の上
で、、、も。
地元のチューナーがその推進力を生み出していたことは間違いない。
僕は湾岸ミッドナイトという本より、シャコタンブギが好きな部類だ。
ジュンちゃん命ではないけど
地元こそチューニングの原点であり地元のチューナーこそ神だった時代
その、いでサンこそ良き相談者であり最も信頼できる人だった
そんなにいじったら、奥さんにしかられるとか
そうしたらエンジンが壊れちゃう、、、とか
そこまでまわすならカム、ラジエター、ブレーキとか。。
反対されるけど、チューニングに関して、何を聞いても知ってるスーパーマンだったわけだ
公的な実績こそないけれど、人として頼れキャラクターもすごく安心感があった。
走行会の足やブレーキ、エンジン、板金、車検、(当時CPUというカテゴリーは小さかった)なんでも話せた
何でも売りつけることはしない、乗れる人だけに限定されたセットアップを心得ていた
だから、安心して踏めた。君ならここまでという言葉を信じることができたのだ。
整備士のあるべき姿、その人に求めるものはなにか?
整備士に求める物が馬力やタイム、カッコだけならそれは正論だよ。
タイムをこだわる、馬力にこだわり結果を出せるセットアップで大正解
が、もしショップにユーザーが多く集まる理由がショップの看板ではなく
尊敬、信頼できる整備士だと信じて君の元に集まってきてくれているなら。。
部品販売やパーツセッティングより、先に
確実にユーザーから「結果を引き出す為の手法」を考慮しなきゃならない。
。。。その人の人生を預かった整備士なら。




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