あれ?こんなところに・・・・http://ecocpu.sitemix.jp/ ブログと、整備手帳が見れます
こちらはRECHARGE.JP版
またも更新に疲れましたのでここで独特の表現法を持つS氏に登場していただきましょう
みなさんこんにちわ、私がS氏です、決して深い意味はありません
今回も店主とは少し方向性を変えてお話してみましょう
今はスンスン言ってるMAZDAさんですが、昔はCPUも装着されていない車を製造してたんですよ。 そもそも純正CPUとは何?って所から語っていいですか?「イヤ」って言われても始めますが・・・
まず、エンジンを回す為には”良い混合気・良い火花・良い圧縮”が必要です。エンジンの三大原則ですね。
そして、この”良い混合気”って所なんですが、過去、良い混合気を作り出すためにキャブレターという装置でガソリンを燃えやすく噴霧状態にさせてエンジンに送り込み、そして点火装置を別のところに持ち、点火と燃料を別々に管理して燃焼させておりました。
・・・が、排気ガス規制のあおりをくらって更なる高性能を目指す為、燃料装置と点火装置は統合されました。そして、それらを管理・コントロールする為に作られたのが、CPUなのです
そんなこんなで時代に後押しされる様に、CPUを含めた電子制御ガソリン噴射システムを開発していくMAZDAさんな訳だが・・・
無いのよ!何が!?お金が!!!!開発資金が無いのよ!!!
当時そこまで経営を圧迫した張本人は、なんと我らがロータリー・・。
RX-7に搭載されたロータリーエンジンの永久保障を詠ったMAZDAさん。しかし、そのシワ寄せは遥かに大きく、MAZDA経営のピンチとさえ叫ばれてしまった!
MAZDAは赤字の炎に包まれた!
誰もが言った!「MAZDAはもう死んでいる」
そこへ現れた救世主・・・その名は「ファミリア」!
そう!昭和56年に発売されたファミリア、車両形式BD1051(1500cc)、BD1031(1300cc)!!
なぜコレが経営を救うほどにバカ売れしたか!?
これにはいろんな諸説がありますが一部を・・・
まず1500ccのXGグレードにはサンルーフがついていた事、これにより当時の”サーファー”という言葉が流行した時代、他銘柄ではホンダのプレリュードしか競合車種はありませんでした。が、しかし当時プレリュードは新車本体価格200万を超える高額車であった為、手が出せなかったのです。
そこに彗星の様に『マツダファミリア誕生!サンルーフ付きで本体価格110万円!』これに飛びつかないサーファーはいませんでした。
海岸ではサザンの曲を流しっばなし,サンルーフ全開で、やや車高を下げてラブラークというメーカーの4本出しマフラーをつけた赤のファミリアが、女子大生へのパスポートとして氾濫。”ボーイズレーサー”という新しいチューニングのカテゴリーが誕生した瞬間でした。
すべてのカー雑誌の一面が「サーファーを気取るチューニングこそボーイズレーサーだ!」と、まくし立てた為、サンルーフのついたファミリアがバカ売れ!
ゴキブリホイホイならぬ「女子大生ホイホイ ファミリア」とまで詠われる始末。
当時は松田聖子や小泉今日子のレイヤー風のカットを”サーファーカット”と呼んでおり、まさにサーフィン全盛時代!サーフィンもできないのにサーフボードを屋根に載せて走り回る若者続出。
このファミリアのデザインをトヨタはターセルでパクッて多くの自動車雑誌で叩かれたのは有名な話。ミツビシのミラージュもパクッて、資金がないのに、発売を急ぎ、”キャブレター制御のターボ車”を世に送り込む始末・・・。
そしてこのファミリアは、現在では日産で有名な”アテーサ4WD”へのはしりとなった日本初のフルタイム4WD、電子制御4WD機能を持つファミリア(BF5P)へと進化していくのです。
この昭和56年に生まれたファミリア・・・これこそがマツダの危機を救い電子制御コンピュータに開発費を注ぐ事ができた救世主であった訳です。
そして開発資金を得たMAZDAは、電子制御ガソリン噴射システムを開発していきます・・・。
なんだか「ファミリア列伝」になってしまいましたが。




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