小早川隆治は、91年のル・マン24時間耐久レースでマツダ787Bが優勝した時に表彰台に立った人で、昭和38年に当時の東洋工業に入社しロータリーエンジン研究部に配属され、2代目Rx-7(FC3S)カブリオレから、構成にかかわり三代目となるRX-7(FD3S)の担当主査、元レーサーの歴を生かし89年11月マツダスポーツ部門では主査、ルマン優勝後、米国においても技術駐在員を経験、北米マツダの副社長を務めた。 言わば、”マツダの男” 今の我々7乗りにとって切っても切れない人物で、 元マツダマンとしても、かなり上の上司に当たる...




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