マツダでは、 市販車の研究開発を行う部門とレースを担当する部門の間に 厳然とした壁やはっきりとした境界線は存在しなかった。むしろその反対に、その両者の相互作用があった。 レース用のロータリーエンジンは、市販車用エンジン に使用されたパーツやその改良品をいつも使用してきた。
それに加えてエンジニアは常に協力しあい、 この本の中で書いたように、 そのうちの何人もが市販車開発の責任をもちながらレース活動に、ある時は全く同 時に深く関わっていた。 小早川隆治は1989年から1992年までレース部門を率い つつ、同時にマツダRX-7の開発主査でもあった。 多くの同僚達と同様に、 彼は入社 以来ずっとマツダの中でキャリアを積み、 ロータリーエンジン開発には初期から 携わるとともに、 マツダの海外市場拡大に積極的な役割を担ってきた。 山本修弘 は開発部門に深く携わり、レース部門でも問題解決に尽力した。 彼はルマン 「タス ク・フォース」の一員であり、同時にRX-7の開発に携わり、その後MX-5とRX-8の責任者になった。

松浦さんから、何度も聞いている マツダのレースカーは市販車つくりのためにある。という言葉
トヨタは確かにそうだ。社内上げてトヨタで行っているからだ
果たして今のマツダに海外チームに投資してレースを行う意味はあるのだろうか?




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